久しぶりに、観終わった後に受けた衝撃を
整理する時間が必要だった作品。
個人的には非常に好きです。
言語が違うと、互いが理解できない。
これは誰もが感じていることだ。
しかしこの作品はもっと痛い真実を突きつけてくる。
同じ言語で話しているはずの同国人、
もっと言えば夫婦、兄弟や親子など家族と、
つまり最も自分にとって大切な人と
私たちは理解しあうことができない。
言葉にならない奥深い心の痛みこそ、
何よりも理解されたいもの。
そして、何よりも伝わらないもの。
伝えられない心の痛みが、事件を引き起こす。
痛みによって引き起こされた事件は
次の痛みを引き起こす。
バラバラの国、バラバラの言語で起きる痛みには、
国籍も人種も言語の壁もない。
「理解されたいのに理解されない痛み」こそ、
すべての人が理解できるというパラドックス。
痛みの前に、言葉は何の力もない。
しかし差し出される水、温かい視線、
握り締める手のぬくもりは、言葉を超えた
強烈な力を持つ。
言葉は理解出来なくても、
抱える痛みに対する共感は伝わるのだ。
「愛は、痛みを感じて初めて愛というのだ。」
とは、マザーテレサの言葉。
まさにその言葉が刺さる作品だった。
人と人を隔てるものを追及しているうちに
行き着いたのは、人と人とを繋ぐものだった
と監督はいう。それが愛と痛みだと。
想像を絶する痛みの中でたどり着く
小さな小さな愛。
分かり合えない人間同士が分かり合えないままに
互いを理解しようとする痛み。
それこそが、愛なのだということ。
涙を流しながら、血を流しながら、
自分自身も痛みを感じながら、
それでも痛みを抱える相手を理解したいと
差し出す手が、監督が描きたい愛なんだと思う。
愛は痛い。
しかしすごい作品です。
オフィシャル写真集が、本当に素晴らしい写真ばかり。
特に東京を撮った写真たちは、
洗練された都会の持つ卑猥さ、 あどけなさ、
チープさ、残酷さ、痛さがいとおしい。
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